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名古屋高等裁判所 昭和37年(ラ)7号 決定 1962年5月30日

抗告人 今岡三行

訴訟代理人 竹下伝吉

相手方 住宅金融公庫 代表者総裁 師岡健四郎 法定代理人名古屋支所長 和泉正雄

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

案ずるに、抗告人に対する本件競落許可決定が昭和三六年一二月一一日に云渡され、右決定は利害関係人から即時抗告の申立てがなくて確定したこと、及び右競落代金の支払期日は同年一二月二七日であつたところ、抗告人の延期願により昭和三七年一月八日に延期せられたが、同期日に職権で再び支払期日が延期せられたまま右代金は未納であることが記録上明らかである。

しかして兵藤テツ子の上申書、本件競売申立人である住宅金融公庫名義の各払込通帳、同申立人の競売執行取下げに関する上申書を総合すれば、右申立人は昭和三六年一二月中債務者である兵藤慎爾に対し本件抵当債権中一部月賦金の支払を受けて、その余の債権につき取立を猶予、すなわち弁済の猶予をしたことが認められる。

そこで、一般的に競落許可決定の確定後における競売開始決定の取消の可否について考えてみる。

任意競売手続においては、元来競売手続の遂行を妨ぐべき法律上の事由があるときは、競売手続の完結前であれば、異議の申立により競売開始決定を取消し得る筋合である。

しかしながら、競落許可決定が確定した場合にも競売手続が完結していないとして競売開始決定を取消し得るか否かは債務者(及び物上保証人)と競落人との何れの利益を保護すべきかの問題であり検討を要すべきことがらである。

競売手続を妨ぐべき事由は、競売開始決定前に存することあり、その後に生ずることあり、そして、その事由は手続上のことあり、実体上のことがある。

ところで、右事由のいずれにせよ、競売開始決定に対する異議の申立が競落代金の納入前になされた場合は、債務者と競落人の利益を比較考量上、債務者の利益を保護すべきものとして異議を許すことが相当である。又異議の申立が競落代金納入後になされた場合は原則として競落人の利益を保護して異議を許すべきでなく(仮に異議の申立を許し競売開始決定を取消したとしても競売開始決定の効果に影響を及ぼさないと解すべきである)例外として債権又は抵当権の無効或いは競落代金納入前の抵当債務の弁済を異議の事由とするときは特に債務者を救済すべき特段の事由ある場合として代金納入後でも異議の申立を許すべきである。

なお、競売開始決定の取消と競落許可決定確定の効果とを別個に考え、許可決定が確定したときは、その後に競売開始決定が取消されても確定した右許可決定の効果は影響を受けないとの見解がありこの見解はすぐれた一見解であることは否定しないが、右に述べたとおり競落代金納入の前後により原則として異議の申立の許否が定まるとの考が堅持される限りは、右見解には、にわかに賛同し兼ね競売開始決定の取消は確定した競落許可決定の効果を失わしめるものと解する。

ひるがえつて、本件を観るに、本件抵当債務は弁済せられたわけでなくて弁済の猶予に過ぎず、しかも競落許可決定確定後弁済の猶予となつたものであるが、代金支払期日の延期にて未だ競落代金は納入されていない。

そうとすれば右弁済の猶予を理由とする債務者の本件競売開始決定に対する異議の申立は理由があるから本件競売開始決定は之を取消し、本件競売申立は之を却下すべきである。

よつて右申立を許容した原決定は相当であつて本件抗告は理由がないから之を却下すべく、抗告費用の負担につき民訴九五条、八九条に則つて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 坂本収二 裁判官 西川力一 裁判官 渡辺門偉男)

抗告の趣旨および理由

原決定を取消す。申立人の申立は却下する。右趣旨の裁判を求める。

一、抗告人は前記申立人及び相手方を当事者とする名古屋地方裁判所昭和三五年(ケ)第一六五号不動産競売事件について競売期日たる昭和三六年一二月六日競売の目的たる不動産を金百拾壱萬八千円也で競落しその競落人となつた。抗告人は昭和三六年一二月一一日競落許可の決定の言渡を受け右決定は確定した。

二、右事件に付いては昭和三五年九月九日不動産競売開始決定がなされて以来何等実体上はもとより手続上の瑕疵もなく審理、続行されてきたものである。右事件について昭和三七年一月八日が代金支払及び配当期日と指定されていたが前記申立人の申立があつたためか右期日は職権で変更された。ところが同日申立人は右事件につき昭和三五年九月九日なされたる不動産競売手続開始決定に対し異議の申立をなし同年一月九日前記決定がなされた。

三、右決定は次の理由で違法であるから取消さるべきである。

イ、申立人は債権者である相手方より相手方に対する債務につき弁済の猶予を得たとして異議の申立をなしたが抗告人に対する前記競落許可決定は既に確定し且つ競売手続については何等の瑕疵もなく続行せられ基本債権も有効に存続していて只その弁済の猶予を得たと言うのみであり(本件のような場合相手方の昭和三五年三月に遡つて一時償還請求を撤回が有効であるかは疑問である)右事由のみで競売手続を取消す必要はない。従つて申立人の右事由による異議の申立は許さるべきでない。

ロ、仮りに右異議の申立が許されたとしても抗告人は国家機関である裁判所の競売手続を信頼し右競売手続に於いて正当に不動産を競落しその競落許可決定は確定し代金支払期日たる昭和三七年一月八日には競落代金を持参し裁判所に出頭したのである。右期日に申立人たる債務者兵藤は相手方の昭和三五年三月(決定には昭和三六年三月とある)に遡つて一時償還請求は撤回され基本債権の弁済の猶予を得たとして前記異議の申立をなした。しかし右競売申立人たる相手方の右一時償還請求の昭和三五年三月(決定には昭和三六年三月とある)に遡る撤回が有効であるか疑問であるが右相手方の右撤回は申立人と通じ或は自己の恣意に依り申立人のために競売の取消を求めようとする意図にあることは間違いない(相手方は何の利益があつてその撤回をする必要があろうか)。任意競売に於いても強制競売と同じく競落許可決定があつた後は競売の申立を取下げられないことは通説判例の認めるところである。これは競落許可決定後は競落人等に重大な利害関係を生じ競売申立人の恣意によつてその法的地位を害せしめないためである。これと同様の理由により申立人が債務の弁済をした場合は格別競売申立人たる相手方が申立人に対しその債務の支払を猶予しただけで不動産競売手続開始決定を取消すことは許さるべきでない。若し申立人に於いてその後に於いて支払を怠つた場合には更に競売がなされその都度競売申立人の恣意により競売手続開始決定が取消されたのでは国家機関を信頼して保証金を積立て競落の許可を受け競落人として権利を取得している者は甚大なる損害を蒙りその結果も不当なるのみならず国家機関の信用も失墜すること多大である。現に抗告人は前記決定が確定すれば他より高利の融資を受け競落代金を調達し競落不動産が抗告人のものとなれば相当の利益を受けられるであらうとの期待は水泡に帰しその蒙る損害は甚大である。

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